クマとの遭遇について

-羽根田治著「人を襲うクマ」(山と渓谷社)を読んで-



 昭和45年の福岡大ワンダーフォーゲル部員が人食いヒグマに襲われた話は有名ですので、ヒグマに対してはとても恐ろしい印象を持っていました。しかし、ツキノワグマについては、過去に3度遭遇して、いずれも事なきを得ていましたので、それほど怖いという印象は持っていませんでした。しかし、「人を襲うクマ」(以下「この本」という)を読んで少し考えを改めました。私が遭遇した事例と、この本に書かれている事例から対処について考えてみました。

 1度目の遭遇は、確か平成10年代半ばだったと思います。滋賀県高島市今津町内の大御影山に近い河内谷林道を福井県境辺りからMTBでダウンヒルしているときに、いきなり斜面の右手から黒い塊が下りてきて目の前をすり抜け、左手の斜面に猛スピードで走り抜けました。突然の出来事でカメラを構えた時には斜面の下へと消えてしまいました。この時にクマの俊敏さを知ることができました。

 2度目は、平成21年8月12日で、北アルプス乗鞍スカイラインを一般車止めのゲートを越えて数回目のコーナーをあえぎながらMTBで登っていたときのことです。コーナーを曲がろうとしたところ、向かって道路右手のガードレールに真っ黒なクマがいました。驚いて、自転車から降り、自転車をバリケード代わりにして立ち止まりました。距離はおそらく50メートルほどだったと思います。

 クマは右手から左手へ移動しようとしており、今津のクマと違って悠々としており、最初はこちらに気づいているのか分かりませんでした。しかし、過去にテレビで遠くにいるヒグマを撃退するのに大声を出して威嚇している場面があったのを覚えており、クマに脅すつもりで「おいっ!」という声を出しました。するとクマは一瞬後ろへたじろぎながらこちらを見ましたが、すぐに左にゆっくり移動し始めました。こちらを窺いながらだったと思います。そして左のガードレールに近づいたもののなかなか草むらに消えてくれません

 そこで、後押しするためにもう一度大声で叫びました。そうすると逃げるどころか、こちらを窺いながら、右へ方向転換しました。「これはあかん。向かってくる!」と身構えつつも、逃げるものを追う習性があることはよく言われていましたので、逃げずにジッとしていました。この時、意外と落ち着いていたのか写真にもその姿を収める余裕はありました。この後幸いにもこちらへは向かってこず、再度反転して左の草むらにゆっくり入って姿を消しました。

 そのあと数分様子をみていましたが、現れそうな気配はなかったので登坂を再開しました。そして、無事通過することができました。






 後で写真を見ると結構若そうな感じの小柄なクマでした。ただ、やはり腕っ節は強そうですし、こちらを見ている時の表情を拡大してみるとその眼光にすごみを感じます。この時は、襲われるかもという恐怖心とクマをじっくり観察でき写真にも収められたという喜びとが同居して複雑な心境でした。この時の経験から、やはりクマはむやみには人を襲わないものだと思って安心してしまいました。それは場合によっては間違いであることはこの本を読んで分かりました。たまたま運が良かったのです。




 この時は乗鞍スカイラインの車止めゲートを越えて間もないところでしたので、高山帯ではありませんでした。しかし、高山帯にも生息するクマがいて、同年の9月の三連休時には畳平(標高約2500m)バスターミナル付近で高齢の個体が暴れ回った事例がこの本に書かれています。当時、テレビでも報道され大きな話題になりました。







 この本によると、そのクマはちょっとしたきっかけで走り出したところ、バスに接触したり、鉄柵に引っかかったりしてパニック状態になったうえ、観光客がたくさんいるところに出てしまい人を攻撃したと推測を交えて経緯が書かれています。そのあともパニック状態のまま走り回り、近くの人を攻撃しながら売店に閉じ込められた末、要請されたハンターに射殺されました。襲われた人を助けようとした人や、大声や車のクラクションで追い払おうとする人、逃げ回る人などで余計に興奮させてしまったようです。この例から、クマに遭遇してもなるべく興奮させないようにすることが(難しいですが)大切だと分かります。

 3度目の出会いは平成22年11月23日で、登山口までMTBで行き岐阜と福井の県境にある平家岳に登った後に、再度MTBで九頭竜湖畔を走っていたところ、道路と落石防止のフェンスを挟んだ山の斜面に動く黒い物体があるのを確認しました。よく見ると子グマがしきりに鼻を落ち葉や地面に近づけてエサを探しているところでした。子グマですので親が近くにいると思い斜面を見渡しましたが、それらしき姿は見えません。はぐれたものと判断して、近づいて写真に収めました。





















 万一道路に出てきたら車に轢かれるだろうと声を出して脅かし、山奥に返そうとしましたが、一旦斜面を駆け上がったものの登り切れず、すぐに斜面を滑り落ちました。そしてすぐにエサを探す仕草をし始めました。なんともかわいらしかったのですが、全く人を恐れないようでした。おなかも空いているようで、親がいなくて冬を越せるのか心配になりましたがどうにもならず、現場を離れました。











 この本では高島トレイルで、至近距離で親子グマに遭遇した事例が紹介されています。親が子グマを守るために間髪を入れず攻撃してきた例です。今思えば、私が出会った子グマの場合には親の姿は見えませんでしたが、親がいたら間にフェンスがあるとはいえ、恐ろしい光景が展開された可能性が高いと思います。それほど高くないフェンスで、よじ登ることも可能だったと思います。子グマだからこそ近づくのは危険だったと今となっては思います。

 この2度目3度目の例で、必ずしも人を見てすぐに逃げ出すわけではないことが分かりました。経験の少ない子グマであったり、好奇心の旺盛な若いクマであったりしたからかもしれません。

 しかし、2度目の乗鞍スカイラインの例で至近距離であったらどうでしょう。おそらく襲われていたと思います。この本によるとまずは顔を狙って攻撃し、覆い被さってきた場合には首筋を狙って噛みつくようです。ストックなどで攻撃しても興奮させるだけのようです。ただし、たまたま持参のカッターナイフで竹の先を切り槍にする時間があって、クマの目の付近を狙って突き撃退できた例はあったようです。

 こういった例から出会ってしまった場合の対処法を自分なりにまとめるとつぎのようになります。

@出会った場合は逃げずに目をそらさず様子を観察する。決して声を出して刺激してはならない。そして徐々に後退する。

A近づいてきた場合にも我慢して目をそらさない

B竹槍のような長い武器を持参している場合(滅多にありませんが)は、攻撃し来た場合に目を狙って応戦をする価値はある。

C攻撃してきた場合、Bのような特殊な場合を除き、少々応戦しても興奮させるだけで無駄です。攻撃パターンとしては、まずは顔を狙って爪でひっかくことが多いため、地面にうつぶせになる。首をひっかかれたり噛みつかれたりすると致命傷になるため、腕と手のひらで首と後頭部をガードして攻撃がやむまで我慢する。腕や手などのけがは避けられないが、頸動脈を切られるよりはマシ。丈夫な手袋をしていると少しは怪我を軽減できる(高島親子グマの例)。この際、ザックは背負ったままにすると少しでも攻撃を防御できる可能性がある。

といった所でしょうか。

 通常ならばある程度の攻撃を加えた後は立ち去ることが多いようです。これが、クマにとって防御のための攻撃でなく人を食物ととらえていた場合にはどうしようもなくなるでしょう。この本にはツキノワグマでも人を食物ととらえているとしか思えない事例も書かれています。

 こういった場合を含めてクマ除けスプレーが効果的かもしれません。クマ除けスプレーを持参の場合に近づいてきた段階で、十分引きつけてから使用する必要があり、この本にも書かれていましたが練習(イメージトレーニング)が必要かもしれません。ただし、クマ除けスプレーで撃退した事例は紹介されていませんでしたので、どの程度の効果があるか確実にはわかりません。

 それよりも、できるだけ早くクマに自身の存在を知らせて近づく前に立ち去らせることが必要で、若干効果に疑問もあるようですが、クマ除けの鈴は必携でしょう。それと、獣のにおいや気配には敏感になり、おかしいと感じた場合に撤退する勇気が必要かもしれません。この本にも書かれているとおり、クマの生息域に入って行くのが山登りという認識を常に持つ必要があると思います。(平成29年10月14日記)










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